9.朝日松の歌碑

駒つなぎの桜から滝見台に至る古代東山道ルートの中ほどに、朝日松という名木があった。

大きな二又の松であったが、昭和三十四年九月の台風のため倒れてしまい、今ではその残幹も朽ちはてようとしている。

その昔、園原長者がこの地を立ち去るとき、この松の根元に金の鶏を埋めた。

それが毎年一月一日の朝この木の下へ行くと鶏の鳴き声が聞こえるという伝説があり、そのため園原では鶏を飼う家がなかったと伝えられている。

いま二代目の松が五十年ほどになっているが、その近くに花崗岩で多角形の歌碑が一基あり、碑の表に、

日かげさすこの園原の朝日松梢もたかし色もめでたし
美静

美静は姓を福羽といい、島根県生まれの国学者 明治四十四年没、七十七歳。

碑陰は、朝日松ガ故アリテ伐採セラレントスルヲ憂ヒ山本村伊坪源太郎氏ガ名所保存ノタメニ之ヲ買収シ土地六十坪を付シ神坂神社ニ奉献セシモノナリ
近藤赤嶺書

とあって、大正九年小野川小学校(現阿智第三小学校)の校長であった伊坪氏の美挙により、この名木が伐採をまねがれたことが明らかにされている。

この碑の建立は大正十五年である。