7.万葉集防人の歌碑

rekishi_p07神坂神社拝殿の前の下段に万葉集防人の歌の碑がある。

本来なら碑石の東面に歌が彫られてよいと思われるのだが、西面に歌が刻まれ、東面には園原の古墳保存に協力した百十二名の氏名が細字で刻まれている。

歌は万葉仮名で、
知波夜布留賀美乃美佐賀爾怒佐麻都里伊波負伊能知波意毛知知我多米

主張 埴科郡神人部子忍男

この歌は天平勝宝七年(七五五)九州北辺の警備に徴発された兵士の歌の中の一首で万葉集巻二十にあり、歌番号4402である。

この歌が注目されたのは、昭和四十三年に神坂峠を越える峰越し林道の開発に先立って行われた峠遺跡の発掘調査により、千数百点にのぼる石製模造品が出土し、これがこの歌の「幣まつり」の幣の原型であることが実証され、峠神祭祀のため手向けられたぬさの実態と符号したことである。

神坂峠遺跡は国指定の史跡となり、出土した石製模造品等は阿智村の文化財になっている。

この防人歌碑の建立は明治三十五年九月で、揮毫は上卿の北原阿智之助である。