13.熊谷直一翁

rekishi_p13これも月見堂の境内にある歌碑で、一生を園原の古跡保存と顕彰に尽力した園原直一翁の辞世の歌を刻んだ頌徳碑である。

上部に「頌徳碑」と額作りにし、その下へ、
我魂は神の御坂に止まりて栄行く御代を楽しくぞ見む
直一
日夏耿之介書

とあり、すでに右手が不自由になった日夏耿之介が左手で書かれたものである。

日夏は飯田市の生まれで文学博士、晩年を飯田に静居して昭和四十六年没、本名樋口国登。

また裏面には、
熊谷直一翁は天保六年園原の里、定兵衛の長男に生れ、幼にして同地薬師寺僧円浄について学び、成人と共に敬神の念厚く、一生を通して園原の名所旧蹟を全国に頌め、文化を導入し公益に寄与すること偉大なり。

その功績たるや人の世の鑑たり。大正四年八十一才にして永遠に世を去る。

茲に翁逝きて五十年、生前力を尽されたる神坂路が中央高速道として実現の近きを喜び、神坂社氏子総代相謀らい広 く浄財を得て之を建つ。
昭和四十年四月
神坂社氏子中
石工鼎町花井仁逸

とある。裏面は当時智里西小学校長の北沢保穂(豊丘村神稲)の書である。

<平成七年五月・編集   原 隆夫>