10.広拯院遺跡碑

園原集落のほぼ中央にある通称「月見堂」は、伝教大師が建てた広拯院の跡地といわれ、正面に「伝教大師広拯院遺蹟」という大形の碑があり、先年「夜烏山広拯院」という山号院号が定められた。

伝教大師(当時は最澄)は東国へ布教のため、弘仁六年(八一五)東山道を下り、神坂峠を越えてこの峠越えが予想以上に困難なことを体験し、峠の東西に広拯・広済の二つの院(布施屋)を設けて旅人の休憩・宿泊に供した。碑陰に、弘仁六年天台宗祖伝教大師東国巡化の砌、御坂峠を越ゆ。

この坂艱難にして往還に宿無きを憂へ、誓って広済・広拯の両院を置く。

此の地即ち広拯院遺蹟なり。

比叡山開創一千百五十年記念法会事務局
(伝教大師の東国布教は弘仁八年(八一七)に訂正されている。)
昭和十二年四月一二日建之
碑陰の文は伝教大師の弟子仁忠の著した「叡山大師伝」の部分要約である。